時をかける表象

東京大学文科2類。記事と日記に分かれてます。

21.「小学校/成功体験」

2021/04/13 火曜日

 

昨日は幼稚園の成功体験について書き、私の成功体験が「実績」「評価」「意外性」の3つの要素を満たしているということに触れました。今日は小学校の成功体験について書きます。小学校の成功体験は学校のマラソン大会と市内の駅伝大会で優勝したことです。まず私の小学校では毎年12月上旬頃にマラソン大会があります。近くの競馬場にある1周1000mのアスファルトのコースで開催され、1〜2年生は1000m、3〜4年生は1500m、5〜6年生は2500mを走ります。小学5年生の時は熱を出していたことあって、6年間の順位は7位→2位→1位→1位→10位→1位でした。当時はレースプランのようなものを特に考えておらず、適当に先頭集団の3〜4番手につけておいて、先頭が仕掛ける前に飛び出て逃げ切るという感じだったと思います。競輪や競馬が好きな両親はよく「最初は先頭を追う方がしんどいが、粘り続けるうちに、今度は追われる方がしんどくなってくる」と言い、相手の気持ちが切れそうな時に最後の力を振り絞って引き離すように指示されていました。怠惰で飽きっぽい私と違って、特に母は負けず嫌いなので、私が2位の時は「1位と2位は大違い」と口を酸っぱく言っていましたし、最後に勝つのは気持ちが強い方で、ここで負ける人間は一生負け続けるという精神論めいたことを言っていました。何故そこまで熱くなれるのかがわかりません。私も子を持てば母のようになるのでしょうか。5年生までは、どうしてスタート前にトイレに行きたくなるんだろうとか、走ってる時にあくびが出たらどうなるんだろうといったことを考えていましたが、小学6年生の時は優勝したいなと思うようになりました。小学6年生で優勝すれば学校で最速になれるからです。それまでの学年では、仮に優勝しても結局上級生には勝てないという一種の諦めがありました。小学6年生の1年間は有志で行う朝練が週に2回あったので、モチベーションも高かったです。朝練は月曜・木曜チームと、火曜・金曜チームに分かれていて、雨が降ったら中止でした。自分の曜日に雨が降ったらその分だけ練習量が減るし、それが原因で別の曜日の選手に負けてしまうのではないかと毎日考えていました。1回の練習を拡大解釈していたという点で、当時の私は素朴な少年だったのだと思います。雨が降らないで欲しいとは思いましたが、自主的に練習をしようとは思いませんでした。シンプルにめんどくさいからです。毎回の朝練でどんどん調子が上がっていたので、変に自主練をして怪我をしても困るし、自主練なんかしなくても優勝できる自信はありました。実際は最後の直線まで勝負はもつれ込み、2位と1秒差もないほどの辛勝でした。その証拠写真が卒業アルバムには掲載されています。

マラソン大会が終わると、その上位入賞者だけが集められ、市内の駅伝大会に向けての練習が始まりました。当時は野球漫画のMAJORがW杯編に突入し、ゲームではイナズマイレブンが流行っていた頃なので、今までのライバルが仲間になっていく感じがアツいなと思っていました。当時小学5年生だった選手がセレクションに敗れてメンバーから漏れ、メンバー発表の際に号泣しているのを見て、漫画やんと思いました。その時に先生が「メンバーに選ばれた人はこの涙を忘れずに走りなさい」みたいなことを言っていて、能やんと思いました。しかもその小学5年生が中学校で部活の後輩となり、こんな能みたいな話あんねんなと思いました。毎年この駅伝大会はケーブルテレビで放送されるので、過去のレースやインタビュー映像を見せられて、洗脳めいた意識付けもされました。先生は優勝を目標にしていましたし、他の選手も本気で優勝を目指していたのかもしれませんが、少なくとも私は本当に勝算があるのかという疑問もありました。先生は戦力も小粒揃いで優勝も夢じゃないと言っていましたが、初めて陸上の試合に出る私にとって、自分が井の中の蛙なのではないかという不安があったのです。しかしコースの試走で追い抜き走をした時に誰にも負ける気がしなかったことと、私は参加しなかった城下町マラソンで複数人のチームメイトが好成績だったことで、次第に自信がついていきました。どういう経緯か忘れましたが、私はアンカーである5区を任され、正直気が楽だなと思いました。誰にも抜かれなければ及第点ですし、誰にも抜かれる気がしなかったからです。
当日はうんざりするほど快晴でした。コースは田舎の田んぼみたいなところで、スタートとゴールだけが小学校のグラウンドのようなところでした。先に行われた女子の結果がなんとも言えない結果だったということもあり、現実の厳しさを認識しました。身体を動かしても応援しても緊張するからということで、私は1人でブルーシートに待機し、澄んだ空をゆっくりと動く白い雲を眺めていた記憶があります。そろそろアキレス腱を伸ばそうかなどと思った頃に、1〜3区のチームメイトが健闘していることを知り、ワンチャン自分が戦犯になるのではないかとヒヤヒヤしました。結果的に1位と19秒差の2位でタスキを渡され、3位の選手が猛烈なスピードで私との差を詰めてきたので、正直終わったと思いました。記憶が正しければ、この3位の選手が私の高校の学年トップで、のちに東大に現役合格する人なので、こんな浄瑠璃みたいな話あんねんなと思いました。今思い返せば各学校から男女5×2人の生徒が出場するということもあって、この他にもこの駅伝大会に出場していた知人は多く、短距離・長距離を問わず陸上競技の登竜門的な位置付けにあるような気がします。試走と同じコースを走っていると、徐々に先頭が見えてきて、これは勝ったなと思いました。相手のアンカーが5年生だったということもあり、2連覇か3連覇がかかっている学校に19秒差で勝ち、私は区間賞を獲りました。最後の長くて急な坂を走る前に、私は鋼の心臓を叩いて身体を熱くしましたが、その様子が「大きく心臓を叩いて気持ちを奮い立たせます」のようなアナウンスとともにケーブルテレビで放送されました。映像が残ってないので私はすっかり忘れていましたが、高校で部活の後輩がこれをイジってきた時はビックリしました。ゴールテープを切った後は、周囲の保護者が眉をひそめるほどの塩対応をかまし、ブルーシートで爆睡した後、帰りの車の中で人知れず吐きました。想像以上の力を出し切って、しんどかったのだと思います。後日、学校の給食の時間にケーブルテレビの映像が流れました。心臓を叩くシーンで笑いが起こった上、レース後のインタビューで藤井聡太二冠のように淡々と答える私を見て、クラスメイトはゲラゲラ笑っていました。事前にインタビューの内容は聞いていましたが、私の時だけアナウンサーがアドリブで質問してきて、とっさに優等生感を出してしまいました。多くの方に褒めて頂きましたし、中学校の陸上部の顧問に認知されるきっかけにもなったので、1番の成功体験だと思います。

 

 

 

【ログマロープ】

 

youtu.be

 

本文中で出てきたMAJORの主題歌やM-1決勝のさらば青春の光のネタを紹介しようと思っていましたが、あまりにも本文が長くなったので、13.「高校/好きな教科」でも紹介した日食なつこさんの「ログマロープ」を紹介します。鋼の心臓は打たれるほど熱くなるからです。3分の動画なので一度見てください。本当にライブに行きたくなります。MVもカッコいいですが、ピアノも歌も上手いのでライブ映像を紹介したくなります。大サビの後に歌い出しの部分をもう一回持ってきて伏線回収しがちですが、それもカッコいいです。ちなみにこの曲を書いている時にマグロ丼を食べていたらしく、マグロを反対から読んでログマ、マグロはツナで綱はロープなので、合体して「ログマロープ」という曲名にしたそうです。ひっくり返して遊んでますね。