時をかける表象

東京大学文科2類。記事と日記に分かれてます。

15.「幼稚園/嬉しかったこと」

2021/04/05 月曜日

 

今週からは成功体験について書こうと思いましたが、前提となる話を説明しないままに書いていくと、1日分がどうしても4000字を超えてしまう日がありました。そこで今週からは最も嬉しかったことというテーマで、来週以降に繋がる背景知識を共有していきます。とはいっても、成功体験の後に書こうと思っていたことを急遽前倒しにしているだけなので、書いていることは本当に嬉しかったことについてです。特に中学校や高校では、成功体験が嬉しかったことであり誇れる経験でもあるので、書き分けが難しいです。私は1日分の中での起承転結もある程度は意識していますが、大きな流れとしての分かりやすさも意識しているので、できれば更新された順に読んで頂けると幸いです。ちなみに昨日このテーマにすれば上手くまとめられると気付いたので、今週は書き溜めがない状態でスタートすることになりました。昨日だけで既に2日分の投稿を書き上げていますが、来週のことも考えながら過不足なく説明する必要があるので、書いていて楽しいです。書くべき要素を考え、頭の中でパズルのように組み立てながら話したり書いたりすることに楽しさを見出すタイプなのだと思います。
幼稚園の嬉しかったことは父親にゲームの上達を褒められたことです。ちなみにこれは来週の伏線とかではありません。先ほどの背景知識云々の話は主に中学校以降の話です。ゲーム好きの両親の影響もあって、私は幼稚園の時ずっとPlayStationをやっていました。俗に言う初代PlayStationです。ちなみに初代PlayStationが発売されたのは1994年、PlayStation 2が発売されたのが2000年です。私がPlayStation 2を手にしたのは、小学2〜3年生の時で、白くて薄いモデルでした。小学1年生のクリスマスには発売されたばかりの初代ニンテンドーDSを買ってもらいましたが、それまではずっとPlayStationとスーパーファミコンで遊んでいました。小学生の時に私の家に遊びにきたことがある人ならピンとくると思いますが、私の家にはゲームのソフトと攻略本が結構あります。親子3人ともが各々のゲームソフトを買うからです。今ではプレミア価値が付いているものもあります。特に夕闇通り探検隊というホラーゲームは、中古でもAmazonで25000円前後の価格がついています。最初は母親がドラクエ7やバイオハザード2、ダークメサイアやサイレントヒルなどをプレイしているのを見ているだけでしたが、内容が込み入っていてよくわかりませんでした。ドラクエに関しては、ツボを割ったりタンスを開けたりするゲームという印象が強かったので、ラスボスが第四形態まであったり、母がキーファの手紙を読んで涙を流したりする理由がよく分かりませんでした。そんな私が当時ハマったゲームは、デコトラでした。デコトラとは「爆走デコトラ伝説」というゲームで、デコレーショントラックで高速道路を競走するゲームです。トラックの運転手同士のレースで、一般車を交わしながら、積み荷を破損させずに先に目的地まで着いた方が勝ちというシンプルなゲームでした。勝負に勝つと給料が貰え、そのお金でトラックをデコレーションするという楽しさもありました。最初は上手く車線変更ができずに一般車にぶつかっていましたが、ある日父が仕事から帰ってくると「上手くなっとる!」と褒めてくれました。それだけ子供の成長は早いということだと思います。それから父が帰ってくるたびに「どこまで進んだ?」「上達したか?」と聞いてくれました。核家族で性別役割分業を特徴とする典型的な近代家族に生まれた私にとって、父は普段あまり話すことがない存在でした。ゲームを通じて成長を褒めてくれたり会話が生まれたりすることが嬉しかったです。あと母が私を叱るときに、いつも止めてくれたのは父でした。専業主婦である母は家に帰ればずっと隣にいてくれる存在でしたが、仕事から帰ってソファーで晩酌をする父は、当時の私にとって謎めいた存在でした。仕事柄、泊まりも多く、半年ほど家に帰ってこないことも時にはありましたし、母親から聞かされる情報しかなかったからです。小学校に入学し、父とキャッチボールをしたり、算数や社会の知識を教えてもらったりする内に、だんだん父親というものに対する理解を深めていきました。俗に言うフェミニズムという思想を頭ごなしに批判するつもりはありませんが、女性が男性を立てることを良しとしていたのは近代家族にこうした側面があったからだと考えています。当時の私は、父が家の外で働いていて、そのおかげで家族が何不自由ない生活を送れているということに自分で気付くことはできなかったでしょう。当時の私の目に映る父親は、夕方に家に帰ってきて風呂に入り、テレビを見ながら食事を済まして眠る存在だったからです。私の身の回りのことをしたり、食事を作ったりしている母親と比べて、何もしていないように映っていたと思います。子供の目線では捉えられない父親の頑張りを誰かが教えなければ、子供の中で父親の立場がなくなってしまいます。そうした文脈で、妻が夫を立てるような風習が生まれたのではないかと考えれば、共働き世帯が6割を超える現在ではそれが似つかわしくないというのも理解できます。家族の形が変わりつつある中で、価値観のアップデートが必要になるとは思いますが、従来の家庭には従来の価値観が最適化されている部分もあると思うので、ケースバイケースだと思います。少なくとも私は自分の家族に不満はありません。
途中からレポートを書いている気分になったので、最後に他のゲームについて書いていきます。デコトラの他に好きだったPlayStationのゲームは、エスコン3とゼノギアスです。どちらも「ほぼゲームの話」という投稿で紹介しています。簡単に言うとエスコン3は現在でも続くエースコンバットシリーズの3作目で、戦闘機のゲームです。結構ストーリー性が強く、人類の電脳化をテーマとしているなど、1999年に作られたゲームにしては近未来的な世界観が広がっていました。ゼノギアスは迷路みたいなところでセーブした結果、一生抜け出せなくなるという謎のトラップに引っかかってクリアできませんでした。小学3年生で携帯を持ち、ネットで攻略法を調べてこの事実を知った時、本当に膝から崩れ落ちました。出口のない迷路を歩き続けていた時間を返して欲しいです。スーパーファミコンで好きだったゲームは、キャプテン翼3やスーパーボンバーマン、ヨッシーアイランド、スーパードンキーコング、ドクターマリオなどです。特にスーパードンキーコングはやり込んだ記憶があります。基本的にリメイクされたりシリーズ化したりしていますが、ゼノギアスだけは全くリメイクされそうにありません。島田紳助の芸能界復帰と同じくらい定期的に話題になりますが、リメイクされる気配が全くないです。スクエニに入社して私がリメイクするまであります。

 

 

 

【せっせっせいやゲーム】

 

youtu.be

 

なんとなくゲームの話だったので今日はこれを紹介します。2.「通算記録」でも紹介したしもふりチューブです。初期のしもふりチューブはお互いがゲームを作ってくるスタイルが多く、せっせっせいやゲームはしもふりチューブ4本目の動画です。当時は結構バズりました。個人的にはカントリーソングゲームや三文字真ん中ゲームのように、2人とも狂ってるゲームが好きです。せいやは不器用ですが、「とりあえず一旦止めずにやろう」と言い始めると、独特な言語感覚だけで意味不明な言葉をリズムに乗せてきますし、理性を保ったまま粗品がそれについていけるのが凄いです。全然関係ないですけど、TikTokの「友達が清楚な見た目で癖強い」というアカウントでも結構しもふりチューブのゲームをやってました。また毎日投稿を始める機会があれば、今度は毎日TikTokのアカウントを紹介していきたいです。