時をかける表象

東京大学文科2類。記事と日記に分かれてます。

6.「小学校/入学理由」

2021/03/23 火曜日

 

昨日は幼稚園の入学理由について書きました。今日は小学校について書きます。小学校は地元の小学校に進学しました。公立の小学校だったので、当然私の幼稚園からも何割かの生徒が進学していました。一緒の幼稚園だった幼馴染とそのお母さん、私と私の母の4人で毎朝登校していたらしいですが、全く記憶にありません。というか、その小学校の記憶はほとんどありません。なぜなら私は小学1年の8月に転校したからです。

私の父は自衛隊員です。父が言うには、4月頃から転勤の話が出ており、正式に転勤が決まったのはゴールデンウィーク前後だったそうです。私が小学校に入学して約1ヶ月後の出来事です。転勤先は兵庫県の姫路市でした。姫路城があるということは両親も知っていましたが、はっきり言って縁もゆかりもない土地です。両親が深刻そうな顔をしながら転校することを私に告げ、小学校入学と同時に買ってもらった日本地図で兵庫県を指差したのを今でも覚えています。家庭はとても重い空気に包まれていましたが、私はその重大さを理解していませんでした。むしろ、今の小学校は1学期しか通わなくていいということが、なんとなく気楽に思えていたような気がします。どうせ転校するから新しい環境に慣れる必要がないと母に言われていたからです。転校するという実感が全く湧かない私に、両親は何度も謝ったり慰めたりしていて、なんか不思議に思っていたのを覚えています。同じ幼稚園でも卒園を待たずして転校した友達がいたので、「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」ということなのかなと思っていました。教育テレビを食い入るように見て平家物語の冒頭を暗唱していた私も、さすがに小学1年生で方丈記を知っていたわけではありませんが、みんないつかは転校するのではないかと漠然と考えていました。実際に引っ越した時の感情は覚えていません。ただ幼馴染が泣いていたことだけを鮮明に覚えています。母は転校することを幼馴染の両親になかなか言えなかったらしいです。既に転校した友人と私を短期間で失った幼馴染が泣く姿を見て、申し訳ないことをしたなと今でも言っていました。去る方が辛いのか、見送る方が辛いのか、私にはわかりません。
あと数日で2学期が始まるという8月の暮れに姫路市に引っ越しました。結局ここから大学入学までを姫路市で過ごすことになります。入学したのは家から徒歩20分ほどの公立小学校で、1学年の生徒数は130人前後だったと思います。母は転校先の学校に私が上手く馴染めるかどうかをとても気にしていました。母と共に小学校のランチルームで担任の先生と対面した際、母が「この子はメガネをかけているんですけど、のび太くんとかメガネザルとかいってイジメられたりしないですかね」と先生に聞いていたのを覚えています。のび太くんはまだわかるけど、メガネザルてなんやねんと思いつつ、ランチルームの壁に貼ってある給食の献立に目をやると、そこには「ミネストローネ」「チャプチェ」と書かれてあり、この小学校は見たことも聞いたこともないカタカナのメニューを給食で出すヤバい学校だと思いました。結果的にメガネが原因でイジメられることはありませんでしたが、なかなか方言が通じなかったり、給食の味付けが口に合わなかったりして、最初はかなり苦しかったです。厳しい現実を知りました。私と一緒の時期に転校してきた女の子はどうだったのか気になります。転校についてはまたいつか詳しく書くと思いますが、生まれてから6年間で積み上げてきた全てが一瞬にして奪われた気持ちになりました。間違いなく私の人生観に大きな影響を与えた出来事の一つです。転校の理由が父の仕事の都合という、自分と直接関係のないことだったというのも、ある種の死生観や無常観を身につける要因になったと思います。書き始めると長くなるので今日はこの辺で終わりますが、一つ言えるのは、だからといって父や転校を恨んでいないということです。幼い頃にこうした経験を積めたのは良かったなと思いますし、誰も知り合いのいない状況にいきなり投げ込まれ、最終的には1人で自分なりの楽園を作れたという経験は、どんな環境でも自分なら生き抜けるという強い自信と勇気を与えてくれています。

 

 

 

【若者のすべて】

 

youtu.be

 

真夏のピークが去った頃に聴きたくなる曲です。本文で「8月の暮れ」と書いた時に、あのランチルームの温かい照明とか、ノスタルジックな気持ちを抱えながら数日の夏休みを新しい家で過ごしたこととか、やけに両親が優しかったこととか、なんだかんだ家庭には幸せがあったことを思い出し、それらがこの曲の持つ雰囲気とかエモさみたいなのと急にマッチして、やっぱり名曲だなと思いました。中学生の時、土曜日は部活が午前練だったので、昼下がりの通学路でよくこの曲を口ずさみながら帰宅していました。藤井風のカバーも良いカバーではあるので、それを貼って藤井風について書こうかなとも思いましたが、公式のコメント欄も見てもらいたいので本家の方を貼りました。他にもミスチルの桜井和寿や槇原敬之、藤井フミヤもカバーしているので聞いてみてください。作曲家の岩崎太整は島崎藤村との類似点に触れつつ、この曲の凄さを言葉で説明するのは無粋と言っていました。正直これに尽きると思います。歌詞の内容自体が濃いわけでも、長いスパンでのストーリーが展開されているわけでもないのに、この曲の持っている器はとてつもなく大きい。歌詞に共感できるような経験は特にないけど、なんだか切なくてしんみりしてしまう。聴いた後にこうした感覚になるのは、最近の曲で言うと、きのこ帝国の「クロノスタシス」を聴いた時です。直接的な言葉じゃなくて、雰囲気で語りかけてくるような作品にもっと出会いたくなります。