時をかける表象

東京大学文科2類。記事と日記に分かれてます。

NHK税を導入したい

2019/04/23 火曜日

 

自分がNHKについて思うのは、どうしてNHKの受信料を何かしらの税に組み込まないのか、ということである

自分は一応受信料を払っているが、「俺は払ってない」「テレビないです、みたいなことを言って何分か粘ったらイケる」みたいなことを堂々と言うような人間を見ると腹が立つ

みんなが払っているならまだ納得はできるが、払ってない人がいる以上は相対的に自分が損をしていることになるからである

大体、この時代にわざわざ一軒ずつ訪ね歩いて、「テレビ見ないんで」『いやでも見なくてもテレビがあれば』「いやテレビないんで」『テレビがなくても携帯なんかで番組は見れますし』なんていう掛け合いを済ます必要が本当にあるのか

しかもキレ気味で押せば払わなくても済むような、そんなガバガバガバナンスならなおさら必要がないような気もする

それならいっそ放送料を税金として所得税みたいに徴収したらいいんじゃないか、と思う

実際、そいつがテレビを持っているか、持っていたとしてNHKを見ているかどうかなんてことを正確に把握することは不可能だし、このままだと真面目に払っている人間が損をするだけなので、一括で義務化したらいいと思う

まぁ多分もっと早くにこの案を思いついた人はいるだろうが、まだ実行されてないのには理由があるはずなので、それを自分なりに考えてみた

 

まず1つ思いついたのは、「もし一括で徴収すると、本当にテレビを持ってない人が損をするんじゃないか問題」である

確かにテレビと無縁な生活をしている人にとっては理不尽な税金かもしれないが、それはNHKに限った話ではないように思う

例えば国立大学は税金のおかげで成り立っているが、国立大学に通っていない生徒はその恩恵を直接的には享受してないことになるし、生まれて一度も警察に世話になったことのない者、公園に行ったことない者ももしかしたらいるかもしれない

あなたに子供がいなくてもあなたの税金は子供手当に消えていくし、それを受け取った親はその金で車を買ったりしているかもしれない

それらの人にとってその税の使い道は自分とは無関係のように思えるが、大学や警察が存在するおかげで社会全体の幸福度が増すことで間接的に恩恵を享受しているとも言えるのではないか

NHKを直接見ていないとしても、それを情報源とするネットニュースを見ていないとも限らないし、NHKの高校講座を見て育った学者が偉大な発明をして人々の生活を変えるかもしれない

NHKの存在がどこまで人々の生活に関わるのかはわからないが、直接的な恩恵を享受できない人がいるからといって必要がないとは言い切れないのではないか、と思った

あと一つ思いついたのは、「税金という形をとって受信料を集めると、予算を承認する国家の介入を防げないんじゃないか問題」である

確かに翼の生えた政治団体のおかげで偏向報道が増えた民放のテレビ局があるように、国営放送も国家の介入を防げないかもしれない

しかしそれはビール会社の提供でお送りされている民放のテレビがビールの弊害について触れないのと同じようなことではないのか、と思う

もっと言えば、国家の介入がないことが必ずしも良いことなのかという疑問もある

深夜の時間帯に放送されているマイナー言語のラジオ講座の視聴率がどれほどなのかを知りたい

何かのグループのメンバーみたいに、NHKの番組でも不祥事はあるわけだし、本当に受信料に見合ったコンテンツなのかに対する透明性が十分だとは思えない

さらに、税金化にすることで徴収員の人件費が減るうえに漏れなく回収できるという最大のメリットを考慮に入れると、どうするべきかは明白なような気もするのだが、今日も死んだ目をしたお兄さんと対峙しなければならないのが現状である