時をかける表象

東京大学文科2類。記事と日記に分かれてます。

授業開始

2019/04/05 金曜日

 

今日から授業開始だった

今日は3限からなので13:00に学校に着けば良いのだが、なぜか6:00から断続的に「こっち」の世界に引っ張られて、結局起きたのは10:00だった

適当に家事を済ませて、時計を見ると12時だった

結局時間に余裕があっても、急いで支度をして、普通の人が歩いて10分くらいの駅までの坂を走りながら下るハメになるのは何故なんだろうと思いながら駒場東大前に着くと、同クラの子とたまたま合流して初の大学の授業へ向かった

3限は初年度ゼミナールのガイダンスで、初ゼミでは10個の候補の中から1つを履修することになる

今日はその内の5つの紹介が担当教員からあるのだが、その前に女性の教員が導入の部分を担当していた

最初は「単位を取るだけでは意味がない!」だとか「せっかく東大に入ったのだから、ちゃんとした学問を〜」とかいう、いわゆる手垢のついた説教をしていたのだが、話が進むにつれて「逆評定なんてものが発売されているそうですが、」といきなり生徒の懐に切り込んできた

「私は11年駒場に勤めているんですけど、最初は大鬼で、それからずっと鬼に降格してしまったのですが、今年やっと仏がつきました!」なんてことを言っていたことに自分は衝撃を受けた

ざっと200人以上はいそうな会場が笑いに包まれていたが、逆評定を先生も知っていて、しかもその中身を読んで自虐ネタを展開していることに驚いた

「どの授業も同じようにやっているのに、自分が担当している3つの授業は鬼、鬼、仏だったので、逆評定は全然当てにならないです!」

そうか、この人がどうなのかはわからないけど、東大出身の教員なら学生の時にシケ長とか逆評定みたいなものはあったんだろうな

 

4限の中国語の先生もとても面白くて、フレキシブルな考えの持ち主だった

「愚痴を言えばキリがないんですけど、」と不敵な笑みを浮かべながら生徒の顔を見渡すと、「東大はみんなが思っているより偉いんですよ」と言っていた

内閣ができたのは1885年で、1877年に設立された東大はそれ以前からあるわけだから、東大はずっと自分の組織のことを自分で決めてきた

しかし、最近はコンプライアンスなどで国が介入してきているという旨のことを愚痴っていた

それは近年の国家主導の教育改革に東大は対抗しているというアピールの側面もあったような気さえした

この時代において、東大が模範解答や採点基準を基本的には公表しないのは、この考え方が根底にあるからだと思った

入学してすぐのアンケートで東大が模範解答を公表することに賛成か反対か、民間の英語の試験を受けるべきか、などという質問があったが、個人的には今のままでいいと思う

確かに無名私立大だけでなく、有名地方国立大でも採点ミスや特定の生徒への忖度が問題になっているわけだから、模範解答や採点基準を公表するのが当たり前なのかもしれない

実際自分の両親も、もしかしたら東大も、と言っていたし、入試に精通していない人ほどそういう考えを持っているかもしれないが、東大は数ある大学の中でも問題はとてもシンプルな良問だと思うし、採点もしっかりなされていると思う

しかも、もし東大が1つの模範解答を公表してしまったら、他にも許容される解答があるはずなのに答えが一義的に定まってしまって、その対策に特化した高校や予備校が大量の試験秀才を東大に送り込んでくると思うし、世間一般の教養も画一的なものになってしまう気がする

「この答えでも多分正解だろう」と信じて問題を解き進めるような有能な楽天主義者は多分そんなに多くないし、「それは東大の答えではないから、」といって凡人を超越した発想の芽が摘まれてしまって、知的世界から多様性が奪われることに繋がりかねない

もちろん他の大学が解答を公表しているのは受験生にとっていい流れだと思うが、一つくらい例外があってもいいと思う

実際、漢字の書き取り問題や整序英作文が1問1点だとわかれば、全く対策しない生徒も出てくるだろう

対策をする側の人間は普遍的な学力を身につける努力をし、東大側は責任を持って作問・採点を行う

こうした信頼関係が築かれているうちは、少し闇に包まれた部分がある方が面白いし、ミロのヴィーナスみたいな魅力が生まれると思う