時をかける表象

東京大学文科2類。記事と日記に分かれてます。

「受験生だった頃の私へ」

どうも、今年2年の浪人生活を経て東大文科2類に合格した者です。

受験を山に例えるなら、少なくとも文系では東京大学が山の頂上であり、私はその頂点に到達できました。

しかし、私はその頂点に至るまで、浪人という回り道をしたのも事実です。

頂点にたどり着いて地上を見下ろした時、自分が辿ってきたルートとそれ以外のルートが明確に見えたので、これから受験する人々や受験に携わる自分自身にその経験を伝えようと思って、この文章を書き始めました。

出来るだけ記憶が鮮明なうちに、出来るだけ正直に書いたので、かなり長くなりましたけど、何回かに分けて投稿するつもりです。


まず、このブログを遡ってもらえばわかるのですが、私にとって受験とは「努力するプロセスを体得するもの」であり、例えばスポーツや芸術など、受験以外の何かで自分なりの努力の仕方を見つけられたら勉強なんかしなくて良いと思っています。

逆にいえば、勉強の才能がない人間でも、嫌々ながら受験を通じて努力の仕方を学べば、自分が才能のある分野で開花させられるということです。

努力の仕方を知らなければ、どれだけ才能があってもそれを実らせることができない。

自戒の念も含めてそう思います。

個人的には、わざわざ高いお金と貴重な時間を費やして大学に4年以上も通う意味が今の自分にはあまり理解できていないのですが、これを読んでいる人の大半は大学に行きたいと思っているはずなので、とりあえず合格する手立てを自分なりに書きたいです。

 

まず現役生・浪人生を問わず、合格のために必要なのは演習量です。

受験には人徳も過去の実績、もっと言えば飛躍した思考力も機知に富んだ人間性も必要ありません。

あくまでも悪魔でも点数さえ取れば合格できます。

しかも、これは意外と盲点なのですが、総合的な学力は必要ないです。

その科目全体の知識を身につけたり模試でいい点数や判定を取ったりする必要はなく、試験当日に問題が解けさえすれば良いのです。

つまり志望校の問題に圧倒的に強ければ、別に多少頭が足りてなくても合格は出来る。

そのためにはまず志望校を決め、最初は解けなくてもいいから過去問の研究をし、心を鬼にして自分に必要のない要素を切り捨てましょう。

センター試験前後に慌てて志望校について教師に相談し、資料室で過去問を見て「えっ、英作いるんやっけ」とか言っている受験生をよく見かけます。

彼らは今どこで何をしているのでしょうか。

私の耳には入ってきていません。

 

次の投稿ではより具体的な話をします

まずは教員や講師についてです