時をかける表象

東京大学文科2類。記事と日記に分かれてます。

時をかける表象

2018/05/08 火曜日 [あとがき] 2020/07/23 木曜日

こんにちは
はじめまして
今日20歳の誕生日を迎えた自分がこのブログを開設したのは、未来の自分のために現在の自分が考えていることを書き留めておこうと思ったからです
中国の思想家である荘子は自分が蝶として飛んでいる夢から目覚めた時、自分が夢の中で蝶になったのか、蝶が夢から覚めて自分になったのかわからなくなったそうです
それくらい夢と現実ははっきりと区別できないし、現実の認識は文脈依存的だと思います
もしかしたら自分の人生そのものが全て誰かの脳内での出来事かもしれないわけです
だからこそ、せめて記憶が確かなうちに自分の思考をその都度書き留めておこうと思いました
それを後から読み返して、成長した自分と変わらない自分とを再確認するために

そんなこんなでブログを始めたわけですが、今までブログとかやったことないし、まだイマイチやり方がわかってない状態です
しかし、とりあえず未来の自分に対して意思表明をしていくことが目的であり、かつこれを読んでくれた人が少しでも影響を受けてくれたらと思います。
ちなみにこのブログの名前の「時をかける表象」について説明したいと思います
言うまでもなく「時をかける少女」をモチーフにしているわけですが、それは今TOKIOが話題であること、TOKIOがTOKYOにちなんで名付けられていること、僕が高校1年生の時から今まで東京大学を目指し続けていること、それらが重なって命名しました
ちなみに「表象」とは、「現在の瞬間に知覚してはいない事物や現像について心に描く、感覚的で具体的な像」のことらしいです
辞書を引いていて見つけ、完全に語感で選びました

ブログを書いていく中で、その日のことだけでなく、大昔のことを振り返ったり、未来に視線を向けてみたりすることが多々あると思います
そういう意味で「時をかける表象」なのです

 

 

 

[あとがき] 2020/07/23 木曜日

ほぼ約2年前のこの日、この文章からこのブログは始まりました。この年は大阪で誕生日を祝ってもらったのですが、大阪へ行くまでの電車の中でアカウントを作り、ブログを開設したと記憶しています。当時私は浪人生活を送っていたこともあり、数ヶ月間更新が途絶えたこともありましたが、なんだかんだで今日までブログを更新し続けることができました。飽き性な私が、思いつきで行き当たりばったりな企画を2年以上継続できたことが信じられません。それはこのブログを見つけ、愛読してくださる読者様のおかげだと思います。改めてお礼を言わせていただきます。ありがとうございます。

そしてつい先日、念願の10万アクセスを記録しました。

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そしてこのブログも新しい段階へ移行したいと考えています。それは「ブログを読み返して補足や追記をする」ということです。これは当初は大学入学後にしたいと考えていたことなのですが、東京での一人暮らしや大学での新しい勉強などに忙殺されている内に大学2年の夏までこのプロジェクトが延期してしまいました。しかし上京して出会った方々にもこのブログを読んで頂くようになり、過去の自分も知ってもらいたいという気持ちも強まる中で、[あとがき]という形で過去の自分を見つめ直したいという気持ちが再び芽生えてきました。ブログを開設した当初は山口メンバーの件でTOKIOが話題になっていましたが、[あとがき]を書き始めた現在では長瀬くんの脱退で再びTOKIOが話題になっているということも、どこか運命を感じてしまいます。

この「ブログを読み返して補足や追記をする」というのは、野田洋次郎の「ラリルレ論」から着想を得ています。野田洋次郎といえば、私が最も影響を受けたロックバンドであるRADWIMPSでボーカルとギターを担当し、ほぼ全ての楽曲で作詞作曲をしている人物です。今でこそ新海誠監督の「君の名は。」や「天気の子」の映画音楽を手掛けたり、現在放送されている朝ドラ「エール」に出演したりしている彼ですが、私が「おしゃかしゃま」を聞いてRADWIMPSというバンドに青春を捧げ始めた2009年には全くと言っていいほどテレビに出演しないロックバンドでした。既にこの頃には若者を中心にカリスマ的な人気を誇っていたにも関わらず、地上波で生演奏をしている彼らを見るのは2016年のMステまで待つことになります。中高生の頃はNHKで放送されていたライブ映像や、たまに出演していたスカパーの音楽番組を見て画面に釘付けになったのを覚えています。彼らの影響でよくデカビタを飲んでいました。そしてメディア露出が少ない中で2015年に出版された初のエッセイ本が「ラリルレ論」でした。

この本には2014年のライブツアー中の日記や、2015年に公開された「トイレのピエタ」での話、ドラマーの山口智史の脱退や、ファンの間では吉高由里子と噂されている女性との恋愛観などが400ページ以上にも渡って書かれています。この本は私のバイブルとも言えるものであり、私が浪人期間中にブログを開設しようと思ったきっかけでもあります。具体的には以下の記述に心を動かされ、深く納得したのです。

ツアー中という人生で一番多くの人と接する一方、一番一人で過ごす時間の長い、とても歪つな時期にこの本は書かれた。時に一人の時間を塗りつぶすために、時にあまりに愛しくて尊い瞬間を忘れないために、時に自問自答のために、時に自分の成り立ちを知るために、それらを記録しようと思った。いつのまにか話は自分の幼少期、アメリカでの生活、家族、友達、言葉、あらゆる方向にと飛び火した。いつしかこの脳内旅行を楽しんでる自分がいた。

洋次郎らしい言葉で、どこまでもまっすぐ私の第六感を刺激したのを覚えています。浪人生活が人生で1番多くの人と接するとは思いませんが、1人で過ごす時間は長く、自分と向き合うことは多いと思ったからです。そしてその時の感情や思考を合格やその後の楽しい大学生活によって改ざんしてしまわないように、このブログに書き連ねようと思いました。そして、当時の日記と1年後に読み返して書き出された文章とで構成されている「ラリルレ論」のように、私もいつか浪人生活を振り返って、私のことを深く知りたいと考えました。洋次郎の言葉を借りるなら、以下の部分です。

日付の書かれた文が日記部分に当たる。そしてそれとは別に太字で書かれた文はちょうどツア ーから1年後、この日記を読み返して新たに思ったこと、補足、答え合わせ、発展で書かれた文章。時空を超えた二人がこの本の中で交わった。

生まれてはじめて、日記を書く意味が少しわかった。1年前の僕は 、僕が想像するよりもずっと他人だ。僕が今考えもしないことを考えている。 「はじめまして 」の顔で僕に語りかける。僕が今抱えている悩みとは全く違う苦悩を抱え必死に生きている。そこから新しい気付きをくれる。僕は思ってるほど自分を知らない。憶えていない。